
『良い戦略、悪い戦略』を読んで、育児をあらためて考えてみた
関連リンク:叱る・待つ・見守るに迷ったときの「判断の基準」を、別記事にまとめています。
子育てに正解はない。
そう言われるたび、少し救われて、少し不安になります。
正解がないなら、何を頼りに判断すればいいんだろう。
叱るのか、待つのか。手を出すのか、見守るのか。
迷いが積もっていくと、判断そのものが鈍くなっていく感じがします。
そんなときに手に取ったのが、『良い戦略、悪い戦略』でした。
この記事は、経営戦略の名著として知られる一冊を読み進めるうちに、「これは育児にも効くかもしれない」と感じた話です。
『良い戦略、悪い戦略』が言っていること
この本が繰り返し言っているのは、「戦略」という言葉に対する、かなり厳しめの定義です。
著者のリチャード・P・ルメルトは、冒頭でこんなふうに言います。
戦略とは、がんばることではない。
大きなビジョンを掲げることでも、数値目標を並べることでも、前向きなスローガンを唱えることでもない。
耳が痛いけれど、たしかに「それっぽい言葉」を並べると、安心してしまうところがあります。
でも安心しただけで、現実が動くわけじゃない。ルメルトはそこを容赦なく切っていきます。
良い戦略は3つがセットでできている
この本の核は、良い戦略には型がある、ということです。
それは次の3つ。
診断:いま何が問題なのかを言葉にする
何が本質で、何が枝葉なのか。
どこで詰まっているのか。ここが曖昧だと、全部が問題に見えてきます。
基本方針:どこに集中して、どこを手放すかを決める
全部やろうとしない。
やることを増やすより、「いまはやらない」を決める。
一貫した行動:方針に沿った形に落とす
具体的に、日々の行動に落とす。
やりたいことを「実際にできる形」にする。
大事なのは、この3つが揃って初めて「戦略」になる、という点でした。
逆に言うと、どれかが抜けると、戦略っぽく見えても空回りしやすい。
悪い戦略はだいたい似た形をしている
本書が刺さるのは、「悪い戦略」のほうをかなり具体的に言語化しているところだと思います。
たとえば、問題が曖昧なまま「大切にしよう」「がんばろう」と精神論に寄っていき行動に落ちない(落ちても焦点が定まらない)。
一見、前向きで立派に見える。でも実際には、難しさから目をそらしているだけ——ルメルトはそう言います。
これ、育児でもよく起きる形だな……と感じます。
問題がよく分からないまま、正しい言葉だけが増えていく。行動だけが増えていく。でも状況は変わらない。
育児は「戦略」なしでも回ってしまう
育児は、目の前の対応の連続です。
この「対応」は必要だし、たいていはそれで一日が終わる。だからこそ、危うい気もします。
「その場しのぎ」が積み上がって、気づけば親の体力だけが削れている。そんな日がありますよね。
ルメルトが批判しているのは、まさに「問題に向き合う代わりに、対応と努力だけが積み上がる状態」。
読んでいると、「わかる……」が増えていきます。
診断なき育児で起きること
戦略がないとき、人は不安になります。
その不安を鎮めるために、私たちは「正しいこと」を言います。
「見守ることが大事」
「自己肯定感を育てたい」
「その子のペースで」
どれも間違っていなと私もそう思います。
ただ、こういう言葉が便利すぎて、肝心の問いが置き去りになることがある。
いま何が問題なのか。
どこがボトルネックなのか。
何を捨てて、どこに集中するのか。
この「診断」がないまま、それっぽい方針だけが増えていく。
本書で言うところの「悪い戦略」は、こういう形で日常に入り込むんだと思いました。
努力は増えるのに、状況は変わらない
診断がないと、次に起きやすいのは「努力の増加」だと本書は言います。
育児ではどうでしょうか。
叱る回数が増える。
声かけが増える(そして雑になる)。
フォローの時間が増える。
親の疲労だけが蓄積する。
やっていることは増えているのに、根っこが変わらない。
「うまく育てたい」という目標が前に出るほど、やることは増えるのに、手応えがなくなる。
問題は「愛情不足」ではなく、「診断の不在」かもしれない
ここを誤解すると、親は自分を責めやすくなります。
私が未熟だから。
関わりが足りないから。
もっとがんばらなきゃ。
でもルメルトのフレームで見れば、問題は別の場所にある場合もあります。
愛情が足りない、ではなく、診断がない。
つまり、
- 何が詰まっているのか
- どこを変えれば流れが変わりそうか
- どこは手放していいのか
これを一度言葉にしない限り、育児は努力の足し算から抜け出しにくい。
私はこの整理が、すごく救いになる気がしました。
この本を読んで、育児で「やめたこと」3つ
『良い戦略、悪い戦略』を読んで、育児が劇的に変わったわけではありません。
テクニックが増えたわけでも、悩みが消えたわけでもない。
ただ、「これはやめよう」と思えたことが、いくつかありました。
感覚的な決断というより、この本の論理から見れば自然にそうなる、という感じです。
① 「うまく育てよう」とすること
以前の私は、子どもの行動を無意識に「良い/悪い」で評価していました。
これは伸ばすべきか。
これは直すべきか。
この対応は正解か。
でもルメルトの戦略論に照らすと、この姿勢そのものが、少しズレている気がしました。
戦略は、すべてを良くすることではなく、限られた資源(時間・気力・関与)の中で「どこに集中するか」を決めること。
それ以来、「うまく育てよう」と考えるより、まずこう自分に問うようになりました。
「いま、いちばん詰まっている問題は何だろう」
評価ではなく診断。この切り替えだけで、見え方が少し変わる感じがします。
② がんばりで押し切ること
うまくいかないときほど、「がんばろう」としがちでした。
もっと声をかける。
もっと付き合う。
もっと我慢する。
でも努力を増やすのは、問題を誤診しているサインかもしれない。
そう思ってから、行動を足す前にいったん立ち止まるようになりました。
そもそも構造がしんどくなっていないか。
選択肢を与えすぎていないか。
親の期待が先に立っていないか。
「がんばる」より先に、診断を入れる。それだけで、自分を追い込みすぎる回数が減った気がします。
③ 「正しい育児」を集めること
育児書やSNSや専門家の言葉。集めれば集めるほど、安心できる気がしていました。
でも今思えば、それは「考えている感覚」を外部から借りていただけだったのかもしれません。
それっぽい言葉、正しそうな枠組み、どこでも通用しそうな答え。それらは、ときに現実の問題を直視しないための道具にもなってしまう。
この本を読んでから、私は「正しい育児」を集めるのを少しやめました。
代わりに基準にしているのは、これだけです。
「なぜ、いまこの対応をしているのかを、自分の言葉で説明できるか」
説明できないなら、まだ診断が足りないのかもしれない。そんなふうに考えるようになりました。
戦略は、子どもを管理するためのものじゃない
「戦略」と聞くと、冷たくて管理的な響きを感じる人もいると思います。私も最初はそうでした。
でも、この本が語る戦略は、相手をコントロールする道具というより、むしろ「無理な介入を減らすための考え方」に近いように感じます。
戦略を持つということは、
全部を正そうとしない。
全部を背負わない。
そう決めることでもあるのではないでしょうか。
問題を診断して、焦点を絞るからこそ、
下げていい期待が分かってくる。
待っていい時間が生まれる。
戦略は「手を出す理由」を増やすものではなく、「手を出さなくていい理由」を増やしてくれる。私はそう受け取りました。
なぜ、いまこの本を勧めたいのか
正直に言うと、『良い戦略、悪い戦略』は子育てを楽にしてくれる本ではないと思います。
読めばすぐ答えが出るわけでもないし、明日から使えるテクニックが手に入るわけでもない。
それでも勧めたくなるのは、この本が効きやすい場面があるからです。
-
がんばっているのに手応えがない
-
正解を探し続けて、少し疲れてしまった
-
「ちゃんと考えているつもり」なのに迷いが消えない
もし、子どものためにと思ってやっていることが、いつの間にか自分を消耗させる行為になっている気がするなら。
この本は、一度立ち止まって「いま何が問題なのか」を言葉にするきっかけになるかもしれません。
『良い戦略、悪い戦略』が教えてくれるのは「どう育てるか」ではなく、
何を問題と見なすか。
何を変えようとして、何を変えないか。
なぜ、その行動を選んでいるのか。
そういう判断の軸のほうでした。
その軸が一本通るだけで、穏やかに子どもと接することができる。
やることが減り、迷いが減り、「がんばらなくていい場面」が見えてくる。私はそんな手応えを持ちました。
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